(2014.11.30)

 

 

あらためて地図を広げてみるまでもないが、アメリカ大陸には西にロッキー山脈が連なっているほかは、ただただ広大な平原が渺々と拡がっているばかりで、山々に囲まれた狭い土地に肩を寄せ合って暮らしている私たちからすると、そのことに思いを馳せるだけで、無性に旅心をかきたてられるものがある。

…と、何やら司馬遼太郎先生を思いっきり意識した書き出しになってしまいましたが(笑)、かねてから気になっていたアメリカの「大西部」を今回ついに訪ねる機会に恵まれたので、今号から3回に分けてご覧いただくことにします。
アメリカの大西部を全部見て回るとなると優に1ヶ月は掛かりそうなので、今回はそのなかで国立公園が集中している、いわゆる「グランドサークル」を周遊してきました。ここだけでも、じっくり回ると10〜15日は掛かるところですが、日程の制約もあり一部を割愛して1週間の行程になりました。

グランドサークルというのは、全米第2位のグレンキャニオン・ダム(後述)による巨大な人造湖=レイクパウエル(同)を中心に、半径230kmの円内(サークル)に含まれる地域の総称で、そのなかに8つの国立公園、16の国定公園、19の国立モニュメント(保護地域)や州立公園が散在します。

ニューヨークをあとにして、先ずは国内線でラスベガス(ネバダ州)へ向かいます。グランドサークルのゲートウェイとしては、このほかにもソルトレイク・シティ(ユタ州)や、フェニックス(アリゾナ州)がありますが、日本への帰国の便(ロサンゼルス乗り継ぎ)を考慮して、ラスベガスを起点に時計回りに周回しました。

ニューヨークからラスベガスまでは所要5時間40分のフライトですが、時差が3時間あるため、機上の「相対時間」としては2時間40分ということになります。

ラスベガスはさすがにカジノの街だけあって、空港の中までスロットマシーンが並んでいます(笑)。

時差について少し脱線させて下さい。

ご承知の通り、アメリカ本土には4つの標準時があり、それぞれ1時間の時差があって、ニューヨーク(東部標準時)とネバダ州のラスベガス(太平洋標準時)とは3時間の時差になります。

このほか、アラスカ標準時やハワイ標準時もありますが、ここでは関係ないので割愛します。
これだけならさほど問題はないのですが、アメリカでは夏時間(2014年は3/9〜11/2)が採用されていて、今回訪問した時期も夏時間の実施中でした。

夏時間といっても全米が一斉に1時間早まるだけなので、基本的に時差は変わらないはずですが、ここに「問題児」がいるのです!

それが「アリゾナ州」で、ここはなぜか夏時間を採用していません。したがって、夏時間実施中はお隣の「太平洋標準時」の諸州と同じ時間帯になります。

さらに、事態を複雑にしているのが、アリゾナ州に存在する「ナバホ族(先住民族)の居留区域」で、ここは夏時間を採用しているため、夏時間実施中は、同じアリゾナ州内でありながら1時間の時差があります。

しかも厄介なことに、グランドサークルの周遊コースというのが、こうした様々な時間帯を「縫うように」通じているため、「いったいここは今何時?」というようなことになります。


上図の斜線部分がアリゾナ州で夏時間を採用して「いない」地域
仕事の出張ならともかく、今回は気ままな個人旅行なので、1時間の前後などはどうでも良いのですが、現地のミニツアーに参加する場合や乗り物に乗る場合などは、集合時刻や搭乗時刻というものがあって、遅れるわけにいかないので大変気を使いました。

グランドサークルの周遊については、公共交通機関といったものがほとんどないため、ツアーに参加するのでない限り、レンタカーで移動するのが最も簡便で効率的です。

…ということで、管理人もラスベガスでレンタカーを借りました。当地では「フライ&ライド」(
Fly & Ride)がよほどポピュラーとみえて、空港の近隣に超巨大なレンタカーセンターがあり、各社が軒を並べています。

今回は日産セントラ(旧サニー、現シルフィ相当)を借りましたが、排気量が1,800ccのため、米国での長距離ドライブではパワー不足を感じることがしばしばありました。
ラスベガスをあとに高速道路(I-15)を北上します。ちなみに、「I」の符号がつく高速道路はInterstate Highway (州間高速道路)のことで、米国の基幹道路網を構成しています。最高速度は州によって異なっていて、このあたりは(たしか)75マイル(約120km)でした。

ヤンキーの皆さんはきっと制限速度などお構いなしにガンガン飛ばしているに違いない(笑)と思っていましたが、意外に皆さんお行儀がよくて、キチンと制限速度を守っておとなしく走行されていましたし、実際、ハイウエイパトロールに捕まっている車も見かけました。

ラスベガスから北へ約160マイル(約250km)走ったところが最初の目的地「ザイオン国立公園」です。ここはユタ州の南西部にあたり、ラスベガス(ネバダ州)とは早くも+1時間の時差があります(笑)。
アメリカの国立公園は全部で59箇所あって、総面積は34万平方キロ(九州を除いた日本の面積に相当)あり、その96%が国有地(日本は60%)になっています。
園内は連邦政府の国立公園局により厳格に管理運営されていて、ホテルや土産物店などの商業施設はもとより、看板やフェンスといった景観を損なう構築物も厳しく制限されているなど、「世界最高水準の自然保護システム」を誇るだけあって、日本の国立公園とは相当に趣を異にします。

園内にはオートキャンプ専用のスペースもあります。日本でもキャンピングカーを目にすることがありますが、アメリカのそれはもっとポピュラーで、至るところで見かけます。また、そのサイズも桁違いで、ちなみに上(↑)の写真の中央に写っているバスのような代物も、何と個人所有の「キャンピングカー」で、後部にはキャンプ先で乗る小型乗用車まで連結しています!

園内は、公園の南口から渓谷に沿って北上するザイオンキャニオンと、その途中から分かれてトンネルを抜け、公園の東口へ至るザイオン・マウントカーメル・ハイウエイの沿道、の2つに分かれています。

入園料は乗車人数にかかわらず1台25ドルで、1週間有効なので、右(→)のレシートを車のフロントガラスへ貼っておけば、その間の出入りは自由です。
観光道路を走りながら沿道の景色を楽しむ様子は日本でも見かけるスタイルですが、道路の両側に展開する巨岩群の迫力には圧倒されます。

園内の道路は、冬季を除いて一般車の乗り入れが禁止されているため、このような低公害バス(無料)で回ります。

いくつかの「見どころ」があります。上(↑)の写真は、ビジターセンターの背後に聳える大岩壁で、「ウオッチマン(見張り番)」という名前がついています。

上(↑)の写真はビジターセンターから少し奥へ行った所にある博物館(Zion Human History Museum)の裏手に聳える大岩壁群で、「タワーズ・オブ・ザ・バージン」と総称されています。

そのうち、左手の一番高くて大きい岩山が「ウエストテンプルの大伽藍」と呼ばれているもので、比高が1,116mあります。

これらの写真は、早朝に朝日が山頂から下りてくる時間を見計らって撮ったもので、大変神々しい雰囲気に包まれたものですが、こうして写真で眺めてみると何とも平板な印象で、「アメリカ感動の旅」などとエラそうなタイトルをつけておきながらお恥ずかしい限りです(汗)。

上(↑)の写真は博物館からさらに奥へ行ったところにある「司教の宮殿(Court of the Patriarches)」とよばれているもので、朝日に映える3つの巨大な岩峰はザイオンの白眉ともいわれています。
さらに渓谷を進むと、園内唯一の宿、「ザイオンロッジ」があります。気持ちのいい芝生広場を囲むようにして休憩所や売店があり、周辺を散策する人々の憩いの場にもなっています。

渓谷の湧き水を利用した給水所で、自分の水筒などへ補給することができます。

近くには「エメラルドプール」という小さな池があり、往復1時間ほどの散策路が通じています。池の色がエメラルド色をしているわけではありませんが、途中には頭上の岩壁から流れ落ちる小滝などもあって、気軽にハイキングを楽しむことができます。
ザイオンキャニオンの途中からトンネルを抜けて、ザイオン・マウントカーメル・ハイウエイへ東進します。
この沿道はザイオンキャニオンと尾根一つ隔てただけですが、岩相は全く異なり、巨大な壁画のような岩壁が次から次へと現れて、そのつど車を止めて撮影するので、なかなか前へ進めません(笑)。
この岩山は「チェッカーボードメサ」(標高2,033m)といって、大きな斜面一面にチェッカーフラッグのような模様が浮き出ています。これは雨風による侵食や、しみ込んだ水が凍結して岩が裂けるなどにより、長い年月をかけてこのような模様ができたといわれています。
ちなみに、「メサ(Mesa)」というのは、軟らかい地層が浸食され、堅い地層が残って形成されたテーブル状の台地のことで、日本語では卓状台地と呼ばれています。チェッカーボードメサを過ぎると間もなく公園東口で、ザイオン国立公園ともお別れです。

ザイオン国立公園をあとにして、US-89(一般国道89号)を約140マイル(約220km)東進し、「ペイジ」という街へやって来ました。ペイジというのはアリゾナ州の北縁に位置し、ザイオン国立公園のあるユタ州とは同じ「山岳部標準時」ですが、(冒頭に記載の通り)夏時間を実施していないため、時計を1時間遅らせる必要があります(←本当に面倒!)。
先ず上(↑)の写真をご覧下さい。これは「グレンキャニオン・ダム」のビジターセンターに展示されている周辺地形の模型で、なかなか地上からでは分からない一帯の景観を俯瞰することができます(注釈は管理人追記)。

中央にあるのがグレンキャニオン・ダムで、1966(昭和41)年に竣工した全米第2の規模を誇る灌漑・発電用のダムです。ちなみに、全米第1は1936(昭和11)年竣工のフーバーダムで、ラスベガスの郊外にあります。

ペイジはグレンキャニオン・ダムの建設にあたって砂漠の中に生まれた小さな町ですが、今では周辺観光のゲートウェイとしてホテルやレストランも一通り揃っています。

画面右上から流れてきたコロラド川が、グレンキャニオン・ダムによって堰き止められ、レイクパウエル(パウエル湖)という人造湖を形成しています。パウエル湖は全長が300kmあり、琵琶湖に匹敵する貯水量(!)のため、湛水には17年を要しました。

当地には、かつてグランドキャニオンにも匹敵する見事な峡谷があったことから、水没後も複雑な地形と全長3,200km(!)にも及ぶ入り組んだ湖岸線が美しい景観をつくり出し、周辺一帯は「グレンキャニオン国定リクリエーション地域」として保護され、一年を通じて訪れる人が絶えません。
ちなみに、パウエルという名前は、1869(明治2)年に3隻の木製ボートでこの地を探検した、探検家ジョン・ウェズリー・パウエル(John Wesley Powell)に因むもので、そのあたりのことはペイジにある「パウエル博物館」に詳しく展示されています。
我が国では「ダム」というと、深い山奥の険しい峡谷にあるもの、というのが一般ですが、当地では大平原を川が浸食して深い峡谷を形成しているため、だだっ広い大地を断ち割ったように川が流れ、そこに巨大なダムが突然に現れるため、それだけでもかなりインパクトがあります。
ダムは原子力発電所とならぶ重要施設のため警備が結構厳重で、上(↑)の写真も(立ち入り禁止区域ではないが)あまり観光客が入り込まない場所で撮っていたため、少し離れたところから警戒車に見張られていました。

…と、またまた脱線してしまいましたが、今回この地を訪れたのは、ダムやダム湖を見学するのが目的ではなく、その近くにある「アンテロープキャニオン」と「ホースシューベンド」という景勝地を訪れるためです。

アンテロープキャニオンはナバホ族の居留地にあるため、個人で立ち入ることが出来ないので、ナバホ族に認可されたツアーに参加する必要があります。

こうしたツアーはナバホ族の貴重な収入源になっていて、ペイジの町から右(→)の写真のような「改造トラック」に揺られて向かいますが、途中は砂塵もうもうたる悪路で、なおかつ砂の粒子がとても細かいため、カメラなどの精密機器はビニール袋などに入れて防塵対策をしないと動作不良をきたすおそれがあります。

ちなみに、アンテロープキャニオンはナバホ族の居留地なので、夏時間を採用しているため、ペイジの町から車で僅か15分ほどの距離ですが、時計を1時間進めることになります。←本当にしつこくて済みません(笑)。
ここがアンテロープキャニオンの入口です。今は干上がっていますが、もともとはパウエル湖へ流れ込む支流の一つで、砂岩の大地を雨期の鉄砲水が浸食し、細長い洞窟のようになったものです。「スロットキャニオン(Slot Canyon)」(細長い谷間)と呼ばれる地形で、このあたりにたくさん見られます。

洞窟の内部は、水が狭い通路を加速して流れる際に、壁面を削った痕が優美な曲線となって残り、岩の隙間から射し込む日光が幻想的な陰影をつくり出していて、自然の巧まざる造形美に目を瞠ります。
ナバホ族のガイドにくっついて洞窟のなかを小一時間ほど見学しますが、撮影ポイントはもとより、カメラの設定までアドバイスしてくれて、思わず苦笑してしまいました。
上流のアッパー・アンテロープキャニオンと下流のロウアー・アンテロープキャニオンがありますが、今回は比較的足場の良い上流の方を見学しました。
アンテロープキャニオンから戻って、グレンキャニオン・ダムの下流にあるホースシューベンドへ回りました。

大まかな位置は、先ほどの地形模型の写真や、右(→)の地図をご参照願いますが、コロラド川が馬蹄形(
Horseshoe)に大きく湾曲(Bend)している所です。
駐車場に車を止め(↑)、小高い丘を越えて15分ほど歩くと、前方に何やら断崖のようなもの(↓)が見えてきます。
川は画面の右奥から流れてきて、ここでほぼ180度向きを変えて、左奥へ流れていきます。このあと、川はグランドキャニオンを刻んで、さらにフーバーダムの人造湖=ミード湖へ流れ込み、ロッキー山脈西部の乾燥地帯を流れてメキシコ領に入り、最後はカリフォルニア湾へ注いでいます。

足元の地面には太古の浸食の痕(?)かと思われる紋様が一面に拡がっています。
展望台は川面から約300mの断崖上にありますが、「展望台」といっても手すりやフェンスといった人工物は何もないので、足元にはくれぐれも注意が必要です。

アメリカでは自然景観の維持と保全を最優先にする観点から、「できるだけ環境に手を加えない」といった考えが徹底していて、日本ではちょっとありえないことですが、ここに限らず安全設備はほとんど設置されていません。
何事も「ありのままで〜」(♪ Let It Go! Let It Go!)というわけです(笑)。

これは、「安全より環境が優先」ということではなく、「すべては自己責任」と解すべき米国流の考え方かと思います。



…ということで、今号はおしまいです。
次回は中編として、モニュメントバレー周辺の様子をご覧いただきます。
引き続きのお立ち寄りとご笑覧をお願いします。