(2014.7.27)

 

     

  

今回は久しぶりの海外取材ということでスイスへ遠征し、ドイツ国境に近いバーゼルを起点に、時計回りにほぼ一周してきたのでご覧いただきます。

スイスは九州よりもやや小さい「適度な大きさ」で、鉄道や道路が四通八達しているため効率よく周遊できるほか、観光インフラも実によく整備されていて、それでいて商業主義に俗化されたところが微塵もなく(「俗化の素振りも見せず」と言うべきかもしれませんが…)、さすがに観光立国を標榜するだけあって、老舗の歴史と風格を至るところで感じました。
今号ではそんなスイス旅行の「前編」として、スイスの東南部、イタリアと国境を接する辺り、エンガディン(Engadin)地方(上の地図の点線で囲んだ部分)の様子をご覧いただきます。詳しい現地の地図や情報は割愛させていただきますので、ご関心のある方は管理人まで個別にご照会ください。

まず、成田空港から日航機(JL-407、B777-300)でフランクフルトへ向かい、そこから陸路でスイスへ入りますが、折からの梅雨空が行路の前途を暗示するようで、何となく気勢を削がれます(笑)。

JALのエコノミー席もいつの間にかずいぶん「進化」していて、スマホ/タブレット用のUSB端末やパソコン用のAC100V電源が各席に設けられていたり、シートピッチも(少しですが)広くなっていたりして、長距離フライトでもさほど苦になりませんでした。
エンガディン地方の観光拠点といえばサン・モリッツ(St.Moritz)ですが、ヨーロッパ各国のセレブ御用達の高級リゾート地だけあって、「観光地」などと気安く呼ぶのも憚られるくらいの落ち着いた貫禄があります。
美しい森に囲まれたサン・モリッツ湖は、スイス屈指のリゾート地とは思えないくらい静かな佇まいで、湖面に映る白雲を一日中ずっと眺めていたい気分になります。

サン・モリッツの周辺には、日帰り圏内にたくさんの観光地があって、今回はそのなかのひとつ、デイアヴォレッツァ(
Diavolezza)展望台を訪れました。
ここは、イタリアとの国境を画するベルニナアルプスと、それらの山々から流れ下る雄大な氷河を間近にできる絶景ポイントで、125人乗りの大型ロープウェイで一気に標高2,985mの展望台へ上がります。
ここをクリックして大きなパノラマ写真をご覧下さい。
展望台の前面は万年雪と氷河に覆われた白銀の世界で、眼前にはピッツ・パリュ(Piz Palu 3,900m)を正面に、左にピッツ・カンブレナ(Piz Cambrena 3,602m)、右にベラヴィスタ(Vellavista 3,922m)、クラスト・アギュッツア(Crast Aguzza 3,854m)、ピッツ・ベルニナ(Piz Bernina 4,049m)といった名峰が連なり、足元には雄大なペルス氷河(Vadret Pers)が横たわり、壮大なパノラマを前に暫し言葉を失います。
稜線の向こう側(南側)はイタリアです。
ロープウェイの山頂駅に直結して山小屋風のレストラン兼ホテル「Berghaus Diavolezza」があり、屋外のテラス席からは、アルプスの絶景と澄み切った空気を欲しいままにできます。

展望台から麓の駅へ下るところです。眼下にレーティッシュ鉄道(Rhatische Bahn)ベルニナ線の列車が見えます。「麓の駅」といっても標高が2,082mあり、既に森林限界(この辺りで約1,800m)を超えているので大きな木は見当たらず、ゴロゴロとした岩場が独特の景観を見せています。
ロープウェイの山麓駅はベルニナ線のベルニナ・ディアヴォレッツァ駅(Bernina Diavolezza)に連絡していて、ここからサン・モリッツまで鉄道で戻ります。

これが「スイス鉄道時計」といわれるものです。白い盤面に黒い目盛、太い長針と短針、見やすい秒針、実に簡にして明、何の飾り気もないが駅用時計として必要なものはすべて備えていて、鉄道王国にして時計王国のスイスが生んだデザインの粋ともいうべきものです。

レーティッシュ鉄道はスイスの東部を中心に約400kmの路線網を有するスイス最大の私鉄で、観光登山鉄道の誼で日本の箱根登山鉄道とも「姉妹鉄道」になっています。
サン・モリッツ駅から、こんどはレーティッシュ鉄道のアルブラ線に乗車します。
サン・モリッツ駅からは、有名な「氷河特急(Glacier Express)」が出ていて、アルブラ線からマッターホルン・ゴッタルド鉄道(MGB)へ乗り入れて、西部の山岳リゾートのツェルマット(Zermatt)まで、約270kmをおよそ8時間で結んでいます。

今回は、サン・モリッツ駅からティーフェンカステル駅(Tiefencastel)までの区間を、各停で1時間ほど走ります。

サン・モリッツ駅を出た列車は緩やかに谷を上って、15分ほどで山間の小駅シュピナス駅(Spinas)に着きます。この辺りはハイキングコースが縦横に通じていて、この日も何人かがここで下車しました。列車はここからアルブラ峠(Albula)の直下を抜けるトンネル(5,866m)に入ります。ちなみにアルブラ峠はドナウ川黒海水系とライン川北海水系の分水嶺になっています。

トンネルを抜けた列車はアルブラ川に沿って谷を下っていきますが、トンネル出口のプレダ駅(Preda)から次のベルギュン駅(Bergun)まで、直線距離で約5kmしか離れていないのに、標高差が417mもあるため、そのままでは※80‰(パーミル)を超える急勾配になるので、ループ線2箇所(うち1箇所はダブルループ)とΩ(オメガ)ループ3箇所を連続させて線路長を12.6kmに伸ばし、勾配を緩和させています。

※ 1km進んで80m登る急勾配で、通常はラックレール(後編で詳述)を必要としますが、この付近で産する木材をドイツやイタリアへ鉄道で貨物輸送する狙いから、重量貨物列車には不適なラックレールを避けて、ループ線等で勾配を緩和して、通常の機関車での走行を可能にしたとあります。

我が国にもループ線やΩループはありますが、これほど見事に連続しているのはスイスをおいて他にはなく、乗り鉄ファンにとっては聖地、いや「神殿」(笑)、ともいうべき堪えられない区間です。
勾配が緩和されたとはいえ、それでも平均勾配が35‰、最小半径が120mの険路で、列車はソロリソロリと谷を下っていきます。頭上にはさっき通ってきた線路が、眼下にはこれから向かう線路が見え隠れしたりして、何とも不思議な気分です。

やがて進行方向の左手前方にベルギュンの集落が見えてきます。画面中央に2つの教会の塔が見えますが、奥に見える教会は12世紀の建築とのことです。

次のフィリズール駅(Filisur)でダヴォス(Davos)方面への支線を分岐すると間もなくアルブラ線のハイライト、ランドヴァッサー橋(Landwasserviadukt)を渡ります。


(C) レーティッシュ鉄道

(C) スイス政府観光局
スイスの鉄道写真には必ず出てくるビューポイントで、長さは142メートル、河床からの高さは65メートルあり、橋上で半径100mのカーブを描いています。フィリズール駅を出て短いランドヴァッサートンネル(216m)を抜けたところが絶壁になっていて、その岩壁に直接ランドヴァッサー橋が架かっているため、いきなり空中へ飛び出してゆくような、何ともダイナミックな景観に思わず息をのみます。
ランドバッサー橋は(午前中のため)少し日陰になってしまいましたが、さらに1kmほど進んだところにあるこちらの橋は、光線の具合が良くてイメージした写真が撮れました。後方(下の写真の右手)にランドバッサー橋がチラッと写っています。
ちなみに、レーティッシュ鉄道のアルブラ線とベルニナ線は、その沿線に広がる景観とともに、2008(平成20)年に世界文化遺産に登録されています。

我が国も国土が狭隘で急峻な山岳地帯が多いため、急勾配や急曲線を余儀なくされる区間が少なくありませんが、スイスのそれは全く次元を異にします。国土の2/3を占めるアルプス山脈との闘いともいうべきもので、氷河に削られた峰々によじ登り、深い谷を越えてゆく鉄路を見ていると、この国の人々の鉄道に寄せる期待と執念のようなものが伝わってきて興味が尽きません。しかも、それらがアルプスの大自然と見事に調和し共存する姿は実に感動的で、鉄道ファンのみならず、多くの観光客を魅きつけて已まないところであり、「鉄道の旅」がスイス観光の重要なテーマのひとつである所以でもあります。

…と、いつもながら鉄道のことを書きかけるとキリがないので(笑)、この辺りでおしまいにしますが、次号の「後編」でもう1箇所の登山鉄道をご紹介する予定です。

ティーフェンカステル駅で下車し、ここからツアーバスに乗り換えてツェルマットへ向かいます。個人的には、このまま氷河特急のルートを列車でツェルマットまで行きたいところですが、団体旅行なので我が儘は許されません。
途中、サン・ベルナルディーノ峠(Paseo del San Bernardino、2,066m)<↑の写真>を越えて、ベリンツォーナ(Bellinzona)<↓の写真>という街に立ち寄りました。
ここは、イタリアとスイスを結ぶ交通の要衝として栄えた中世の要塞都市で、3つの古城と街を取り囲む要塞壁が世界文化遺産に登録されています。
…と、「鉄道以外はえらく扱いがアッサリしているなぁ」とお叱りを受けそうですが(笑)、管理人の中では、「雄大な自然景観とこれに調和した鉄道」というのが今回のスイス旅行のメインテーマで、「古いお城や街並み」というのはプライオリティが低かったため、どうしても取り扱いが淡泊に(雑に?)なってしまって申し訳ありません。


さらにこのあと、マッジョーレ湖畔(
Lago Massiore)のロカルノ(Locarno)から、イタリア領内をかすめて、シンプロン峠(Simplon-pass、2,006m)を越えてツェルマットへ向かいましたが、その先は次号(8/10更新予定)の「後編」でご覧いただきますので、お忘れなくお立ち寄りとご笑覧をお願いしておきます。