(2013.6.16)

 

 

5/26から6/4にかけて、アメリカ東海岸のワシントンDC、ナイアガラ、ニューヨークを周遊してきました。N's TOWNとしては5回目の海外ロケになり、アメリカとしては、ハワイ(84号85号)、シカゴ(149号)に次いで3回目の訪問になります。

今号では前編として、ワシントン
DCとナイアガラを、次号では後編として、ニューヨーク/マンハッタンをご覧いただきます。

いずれも著名な場所ばかりで、管理人は「はじめての東海岸」でしたが、皆さまには既にご案内のことと思いますので、よけいなウンチクは極力控えて、写真中心でお目にかけることにします。
先ずはワシントンDCです。毎年5月の最終月曜日はメモリアルデー=戦没者追悼記念日で、今年は5/27でした。そして、毎年メモリアルデーの週末には、バイク愛好家の退役軍人でつくる非営利団体「ローリング・サンダー(Rolling Thunder)」が、ワシントンDCをオートバイでパレードします。
もともとは、ベトナム戦争帰還兵の地位向上と未帰還兵への支援を求めて、1988(昭和63)年に2,500人の参加者で始まったこの運動も既に四半世紀を数え、いまではメモリアルデーの風物詩とも言われています。新聞報道によれば、今年の参加者は90万人(!)で、25万台の大型バイクが国防総省(The Pentagon)から、ベトナム戦争戦没者慰霊碑まで、爆音を轟かせてパレードする様子は圧巻です。
ワシントンDCといえばスミソニアン博物館ですが、ワシントンDCだけで16もの博物館、美術館、動物園があり、今回は「国立宇宙航空博物館」と、「ナショナルギャラリー」を見学しました。
「国立宇宙航空博物館」は、管理人のような飛行機ファンにとっては「聖地」、いや「神殿」(笑)といっても過言ではないところで、今回の訪米目的のひとつでもありました。
展示機は、原則、給油すれば稼動する状態で保存されているとのことです。

このあたりは、第2次大戦に参戦した各国のエース戦闘機が展示されている一角で、P51ムスタング(米)、スピットファイア(英)、メッサーシュミット(独)なども翼を休めています。この零戦は1944年(昭和19年)にサイパン島で鹵獲されたもので、零戦の後期の基本形となった五二型です。

アポロ宇宙船の司令船(Command Module)です。大気圏への再突入で焼け焦げた底面は、宇宙への往還というのが、当時はいかに冒険的なプロジェクトであったかを物語っています。

月の石です。指で触ることができます。

「ナショナルギャラリー」は、ナショナルという名前から、てっきり国立の美術館と思っていましたが、その所蔵品のすべては、ギャラリーの創立者であるアンドリュー・W・メロン氏(ピッツバーグ出身の銀行家で、メロン財閥の創始者)のコレクション※と、一般市民からの寄贈や寄付金で購入したもので、運営/維持費以外は連邦予算からいっさい支出されていないことを知りました。
※このほかにも、メロン氏はギャラリーの設立にあたって、(1930年代の金額で)1,000万ドルの現金を寄贈しています。
また、寄贈品についても、寄贈者の名前がいっさい表示されていません。これは、メロン氏の遺志によるもので、現在に至るまで受け継がれています。
こういう実業家(界)からの、スケールの大きい寄付というか、文化貢献というのは、アメリカではよく見聞きする話ですが、我が国では寡聞にして知りません。管理人が思うには、これはアメリカのお金持ちが寛大で社会的なのに対し、日本のそれが狭量で利己的というのではなく(少しはそうかもしれませんが…)、歴史が浅く文化遺産の少ないアメリカに対し、長い歴史のなかで文化遺産が身の回りに普通に存在する我が国では、もともと文化や歴史といういうものを殊更に意識して、これらを収集し保存することが少なかったから、と好意的(笑)に解釈しています。
コレクションの充実もさることながら、美術館自体の建物や内装も、作品に勝るとも劣らない素晴らしいものです。
この由緒ありげな建物は、ソフィテル ワシントンDC ラファイエット スクエア (Sofitel Washington DC Lafayette Square) というホテル(★★★★)で、1880(明治13)年に建てられた歴史的建造物を改修したものです。ホワイトハウスの真ん前という一等地にあって、周りの景観に馴染んで溶け込んでいます。

リンカーン記念館です。やはり歴代の大統領のなかでも、リンカーンとワシントンは別格のようです。
1963(昭和38)年8月28日、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr.)が、職と自由を求めるワシントンでの行進の際、リンカーン記念館の階段上で、人種平等と差別の終焉を呼びかけたあの名演説、「I Have a Dream」を行った場所です。

ワシントン記念塔は、2011(平成23)年8月の地震(M5.9)により被害が発生し、現在も修復工事のため閉鎖中です。

ポトマック河畔にあるタイダルベイスン(Tidal Basin)という池で、もともとはポトマック川の調整池だったところですが、この周囲が公園になっていて、毎年3月下旬〜4月の初旬にかけては、日本から贈られた桜の子孫、約3,000本が咲き乱れ、「現地の日本人にとっては誇らしくも晴れがましい季節」(日本人ガイド談)とのことです。とくに、去年はその100周年にあたり、ひときわ盛大な桜まつりが行われたそうです。

キャピトルヒル(Capitol Hill)と呼ばれる小高い丘の上に白亜の国会議事堂が聳えています
ホワイトハウスです。この日はメモリアルデーのため、屋上の星条旗も半旗になっていました。星条旗の下にある黒い旗は、「POW/MIA」といわれる旗で、POW(Prisoner Of War=戦争捕虜)/MIA(Missing In Action=戦闘中行方不明)を意味し、戦争で捕虜になった兵士や任務遂行中に行方不明になった兵士のことを決して忘れず、その帰還を待ち続けるという意志を示した旗です。
アメリカでは、メモリアルデーのほかにも、11月11日には退役軍人の日(Veterans Day)というのもあり、国を挙げて慰霊し敬意を払っていますが、我が国では戦没者や退役軍人に対する思いというのは、久しく意識的に遠ざけられているように思います。もちろん、これは敗戦国という固有の事情が大いに絡んでのことではありますが、同じ敗戦国のドイツではこのあたりの国民的な意識や感情はどんな様子なのか、とても関心のあるところです。

各地の学生や退役軍人などが、思い思いの衣装や扮装で次から次へパレードしています。
ここからは、ナイアガラの滝になります。ニューヨーク(JFK)からバッファローまで飛行機で往復しますが、今回はLCCの大手、ジェットブルーを利用しました。
アメリカ滝です。幅260メートル、落差57メートルあります。
滝というと、日本では渓谷に懸かるものというイメージがありますが、ここでは広い川床が大きく落ち込んで、川幅いっぱいの滝になっているのが特徴です。

「霧の乙女号(Maid of the Mist)」で滝の間近を遊覧します。
こちらはアメリカ滝です。下から仰ぎ見る姿は格別の迫力があります。カナダ滝(幅671メートル、落差53メートル)の方が一段と迫力がありますが、豪雨のような水しぶきのなかでカメラを取り出す勇気がありませんでした。
写真右手の小さい滝は、ブライダルベール滝という名前がついています。

国境をまたぐレインボーブリッジを渡ってカナダ側へ回ります。
カナダ側の方が2つの滝を一望にできるため、ホテルやカジノ、ショップなどが集中しています。
左手がアメリカ滝、右手の奥がカナダ滝です。


今回は有名な観光地の、ありきたりな写真ばかりで失礼しました。次回は後編としてニューヨーク/マンハッタンの様子を、もう少し「踏み込んだ」(笑)写真でご覧いただくつもりです。6/30の更新を予定していますので、引き続きお立ち寄りのうえご笑覧ください。