(2024.12.22)

             

 

米ニューヨーク・タイムズ紙では毎年1月に旅行先として奨める世界各地の場所を紹介していて、「52 Places to Go in 2024」(2024年に行くべき52カ所)のなかに日本からは唯一「山口市」が選ばれました。
…ということを2024年も終わろうというこのタイミングで知り(笑)、急に思い立って山口県を周遊してきたので、今回と次回に分けてその様子をご覧いただきます。

あらかじめお断りしておきますが、今回は肝心の山口市には立ち寄っていません(汗)。山口市の目玉は国宝の瑠璃光寺五重塔で、大内文化の精華ともいわれていますが、現在改修工事中のため他日を期すことにしました。

普段、N's TOWNでは関東近県(たまに北海道)ばかりうろついているため、西日本はほとんど白紙状態で、山口県も今回が初出となります。皆様方にはご存知のありきたりの場所ばかりですが、どうか温かい目でご覧いただければ幸いです。m(_ _)m


それでは、羽田発7:25のスターフライヤー便で山口宇部空港へ向けて出発します。
この時期は日の出が遅いため、7時前になってようやく明るくなってきました。

名古屋以西は雲上飛行になりましたが、ブロッケン現象(雲に映った飛行機の影のまわりに虹色の光の環ができる現象)を見ることができました。

先ずは下関市の北方にある「角島(つのしま)大橋」へ向かいます。
 
角島大橋は2000(平成12)年に開通した1,780メートルの海上橋で、県道276号の一部として本州と角島を結んでいます。
一帯は北長門海岸国定公園の一部で、テレビCMやロケ地としても多く取り上げられています。
この日は冬の日本海側にしては珍しいくらいの日射しに恵まれ、コバルトブルーの海に伸びるエレガントな海上橋をカメラに収めることができて幸運でした。
長門市の北西部、日本海に向かって切り立った岬の突端に「元乃隅(もとのすみ)神社」があります。
Wikipediaなどによれば、1955(昭和30)年に地元の方が白狐の啓示により創建された稲荷社ですが、当初から宗教法人格を保有していない一風変わった社で、2015(平成27)年にCNNが取り上げてから外国人を含む観光客の「参拝」が急増したとのことです。
たしかに、鳥居の上部(高さ6m!)にある「日本一入れづらい賽銭箱」(↑↓)など、エンターテインメント色の強い施設ではあります。
とはいえ、日本海に向かって123基の赤い鳥居が100m以上にわたって立ち並ぶ様子はいかにもSNS映えすることから、角島大橋とともにどのツアーでも必ず立ち寄る定番の観光地です。…ということで、管理人も立ち寄りました(笑)。

元乃隅神社の近くに「東後畑(ひがしうしろばた)の棚田」という景勝地があります。
棚田というと山あいの急斜面にあることが多いですが、ここは海を見渡せる場所にあるのが魅力で、「日本棚田百選」にも選ばれています。

田に水が張られた時期の日没後、棚田の先にイカ釣り船の漁火が見える頃がベスト(右写真)のようですが、管理人のような「通りすがりの観光客」は、そのとき撮れるものを撮るしかありません(悔)。

(C)山口県観光連盟


2日目は午前中に萩の街を散策しました。
先ずは「松陰神社」へ向かい大勢の修学旅行生に交じって境内を一巡しました。
松下村塾は国指定史跡で、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産にも含まれています。
この大絵馬(2.53.6m)は市内の中学生達が制作したもので、松陰先生の横にいるのは来年の干支=巳歳(1833年)生まれの木戸孝允です。歌手の森進一さんではありません(笑)。


松陰神社を切り上げて「萩城下町」へ回りました。
萩の街にはいたるところに銅像がありますが、この像は帝国陸軍の父ともいわれる山縣有朋公です。作者は長崎の平和祈念像を手がけた北村西望です。ちなみに、山口県からは山縣公を含めて8人、延べ20代もの総理大臣を輩出しています。

萩城下町も世界遺産の構成資産になっていて、先ずは旧町人地を散策しました。
維新の志士達の生家や屋敷、石垣などが良く保存されていて、駆け足で見て回るのが勿体ないところばかりでした。
萩といえば白壁や土塀から黄色い夏みかんの実がのぞく風景が有名です。
収穫を控えた夏みかんがたわわに実っていました。
旧町人地での白眉は「菊屋家住宅」かと思います。
菊屋家は毛利藩の御用商人として藩を支えてきた豪商で、藩の賓客をもてなす御用屋敷のような存在だったとあります。

(C)(公財)菊屋住宅保存会
萩城下町の中核的な文化財で、現在、主屋をはじめ5棟が国の重文に指定され、約2,000坪の敷地の約3分の1が公開されています。
なかでも、書院の座敷から眺める枯山水の庭園が有名で、ガイドブックなどで一通りの情報は仕入れていましたが、
折りから紅葉の見頃を迎えた圧巻の絶景に息をのみました。
画面中央の大きな平らな石は駕籠置石と言って、御上使等はこの石に駕籠を置いて縁側から入室したと言われています。
床の間の絵は当地出身の画家、小田善郎氏による「少女ありす」という怖かわいい作品で、萩の城下町を舞台にしたアートワークショップの一環として展示されています。この日が最終日でした。
菊屋家住宅が今回の取材旅行で一番の見どころだったと思います。
また、敷地の南側にある明治から平成にかけて作庭された約500坪の新庭が、新緑と紅葉の時季に限って公開されていて、こちらでも見事な紅葉に出会うことができました。
この柱時計は伊藤博文公がアメリカへ初洋行したときの土産で今も現役(!)です。


続いて「萩城址」(国指定史跡)を見学しました。
藩祖毛利輝元が築いた城ですが、現在は石垣と水堀の一部を残すのみで、一帯は指月(しづき)公園として整備され、入口近くの「旧厚狭毛利家萩屋敷長屋」(国の重文)とともに萩の観光名所になっています。
萩は歴史がテーマの街という点では京都と同じですが、殊更に景観を作り込んで歴史を「売り物」にするのではなく、当時のあるがままを今に伝えている、伝えようとしている姿勢に、観光地でありながら華美なところがなく、むしろ品格と奥床しさを強く感じました。
(歴史的には長州の対極に位置しますが)会津若松の佇まいにもどこか通じるものがあるような気がします。


最後まで見ていただき有り難うございました。
次号では後編として秋芳洞〜宮島の様子をお目にかける予定です。


年内は今号が「更新納め」になります。
一年間ご覧いただき有り難うございました。

来年も引き続きお立ち寄りのうえご笑覧を願い上げます。
年始の「更新初め」は1月12日の予定です。

それでは、
Merry Christmas and Happy New Year !

皆さまよいお年をお迎えください。