(2016.2.28)

 

 

 

深田久弥が「日本百名山」の 18.蔵王山 で、

同じ東北の山でも、蔵王には、鳥海や岩手のような独立孤高の姿勢がない。群雄並立といった感じで、その群雄を圧してそびえ立つ盟主がない。山形から見ても、仙台から見ても、一連の山が長々と連なっているだけで、その中に取り立てて眼を惹くような、抜きんでた高峰がない。(中略) だからわれわれが蔵王と呼ぶときには、この一連の山脈を指して言う。この長大な尾根は、東北人特有の牛のような鈍重さをもって、ドッシリと根を張っている。

といっているとおり、蔵王というのは宮城県と山形県の両県南部の県境に位置する連峰の総称です。
「蔵王」という名前は、古代に吉野金峰山寺から当地へ蔵王権現を勧請したのに由来するといわれ、一帯には熊野岳、地蔵岳、三宝荒神山といった修験道をイメージさせる名前の山々が連なり、ほとんどの峰々の頂きには祠が祀られています。ちなみに、蔵王山という名前の山はありません。

…と、例によって前置きが長くなりましたが(笑)、今回はその「蔵王」へ樹氷の撮影に行ってきたのでご覧いただきます。

まずは宮城県側の樹氷を眺めることにします。
宮城蔵王は刈田岳<かっただけ>(1,758m)の頂上近くに樹氷原が広がっていて、麓の「すみかわスノーパーク」というスキー場から、樹氷巡りのツアーが出ています。
 
麓のゲレンデから「ワイルドモンスター号」(!)と名づけられた雪上車(↑)で樹氷原へ上ります。この雪上車は特製の乗用キャビンを架装した車両ですが、キャタピラ走行のため名前の通りワイルドな乗り心地(笑)で、巻き上げる雪煙が車窓に凍りついて、残念ながら外の景色もあまりよく見えません。
 
標高1,100mのスキー場から、冬季通行止めの「蔵王エコーライン」を辿って、標高1,600mの樹氷原まで約45分かけて上りますが、麓のゲレンデはよく晴れていたのに、目的地へ着く頃には太陽が雲に隠れてしまいました。
 
それでも初めて間近に見る樹氷の迫力には圧倒されますが、曇天下では遠景がホワイトアウトしてしまい残念です。ちなみに上(↑)と下(↓)の写真は、モノクロ写真に変換して、コントラストを調整した「加工品」です。
雲が切れ始めて日が射してきました…。
今まで、管理人は「樹氷というのは雪を被った木々のこと」と思っていましたが、そうではなくて、北西の季節風で運ばれてきた過冷却水滴(零度以下でも凍らない水滴)が、木々にぶつかって氷結したものだということを知りました(恥)。
したがって、その形成には気象条件、周囲の地形や植生、降雪量といった様々な必要条件があるため、蔵王のほかには八甲田(青森)や八幡平(秋田)など、限られた地域でしか見ることができないそうです。
樹氷原での滞在時間は10〜15分(!)しかなく、皮肉なことに、下山する頃になって太陽が顔を出してきました。単独行なら間違いなく粘るところですが、独りだけ居残る訳にもいかず、後ろ髪を引かれながら雪上車に乗り込みました(悔)。
このように山の撮影で最後まで気を揉むのがお天気の予想です。

今回もずっと荒天が続いたなか、移動性高気圧に覆われる2日間をピンポイントで狙ったところまでは正解でしたが、お天気の回復が、予想より半日遅れて、午後からになってしまったようです。

平地のお天気については様々な情報が手に入りますが、山のお天気となると参照できるデータも少なく、管理人のような素人にはお手上げです。

…ということで、宮城蔵王はやや消化不良のまま、こんどは山形県側へ移動することにします。
山形側へは蔵王エコーラインが最短コースですが(上の地図をご参照)、冬の間は通行止めになっているため、北側の山形自動車道へ大きく迂回して笹谷峠を抜けます。この日は上山(かみのやま)温泉に浸かって、翌日、山形蔵王にアタックしました。

「天気出現率」という過去30年間の気象データをもとにした統計資料があって、それによれば、1月中旬〜2月中旬(樹氷の最盛期)の山形市での「晴れ」は10%以下で、90%近くが「雪」になっています。要するに、厳冬期の蔵王は1ヶ月のうち2〜3日しか晴れないということになります。 
この日はその2〜3日しかない晴天、しかも雲ひとつない快晴に恵まれ、早朝からテンションが上がりっぱなしです(笑)。
山形蔵王の樹氷原は、蔵王温泉スキー場の上、地蔵岳(1,736m)の頂上付近に広がっていて、ロープウェイを2本乗り継いで上ります。
まず蔵王ロープウェイの蔵王山麓駅(855m)から出発します。「山麓線」の方は53人乗りのゴンドラ2台が往復していて、この時期はスキーヤーで混雑するため、週末や時間帯によっては待ち時間が発生しますが、樹氷観光客は優先乗車させてもらえます。
約7分で中腹の樹氷高原駅(1,331m)に到着し、山頂線に乗り換えます。「山頂線」の方は18人乗りのゴンドラ16台がどんどん来るので待たずに乗れます。

このロープウェイは2本のロープにぶら下がるスタイルのため、安定性が高く少々の風雪でも安全に運行できるのが特徴とのことです。

ちなみに、国内では箱根ロープウェイ(早雲山〜大涌谷〜桃源台)がこの方式です。
窓ガラスの映り込み(画面上部)はご容赦ください。
 約10分で地蔵山頂駅(1,661m)へ到着します。
地蔵山頂駅の屋上が展望台になっていて、眼下に蔵王温泉から山形市街を見ることができます。画面正面奥に連なる雪山は、山形県と新潟県の県境を画する朝日連峰です。
 
案内板にも「樹氷」がビッシリできています。
この日は山頂に上がっても風が少なく、雪原を上り下りすると汗ばむほどの陽気でした。 

(C) 蔵王ロープウェイ
地蔵岳の名前の由来になった「蔵王地蔵尊」です。1775(安永4)年の造立で、御身の丈は2.34mありますが、胸のあたりまで雪に埋もれています。ちなみに、上(↑)の写真は夏のお姿です。
当地も今シーズンは雪不足のようで、この日の積雪も1m30cmと、例年(2〜3m)の約半分でした。
雪上車で行く宮城蔵王と違って、山形蔵王の方はロープウェイで上って、ロープウェイで下りてくるため、自分のスケジュールで行動することができ、気がすむまで撮影に没頭できるので堪えられません(笑)。
前々日までは荒天が続いたため、樹氷の育ち具合も申し分なく、この日は地元の人も「ひとシーズンのうちでも滅多にない」というベストコンディションに恵まれ、前日の宮城蔵王での消化不良も吹き飛ばし(笑)、息をのむ大パノラマを心ゆくまで堪能することができました。
 樹氷のことを英語で「アイスモンスター」や「スノーモンスター」と別称するのがよくわかります。
スキー客と樹氷観光客が入り乱れて結構な賑わいです。折から春節の時期でもあったため、アジア方面からの観光客もたくさん来場されていました。
 白銀の山々を望みながら、樹氷の林間コースを下るのは、さぞかし気分の良いことと思います。
樹氷は風上側へ向かって成長するため、枝葉などの尖端分では羽毛状に形成して、その形から「海老の尻尾(えびのしっぽ)」と呼ばれています。とくに風の強い場所で顕著に見られます。
息をのむ絶景を心ゆくまで満喫してロープウェイで下山します。
誰しも「心に残る忘れられない風景」というものがあると思います。それらは、たいていの場合、思いかげない幸運に恵まれて出会うことが多く、それだけに強烈な印象でいつまでも記憶に残っています。
今回も素晴らしい晴天と見事な樹氷という幸運に恵まれ、私の「心に残る忘れられない風景」のひとつに加わりました。