(2014.12.21)

 

 

 

先日、大和路の秋景を駆け足で取材してきましたが、現在、「アメリカ感動の旅」を連載中のため、このままでは年明けに紅葉をご覧いただく羽目になるので、急遽予定を変更して割り込ませていただくことにしました。

今号で予定していました「アメリカ感動の旅」の「中編」は、新年元旦にアップしますので、ぜひお立ち寄りのうえご笑覧をお願いします。

…ということで、先ずは久しぶりに明日香の甘樫の丘へ登ってみました。
明日香村は「平成の大合併」にも呑み込まれず、今もお隣の高取町とともに、1町1村で(奈良県)「高市郡」を守っています。
甘樫の丘は明日香村の北部に位置し、古代には神事が行われたり、蘇我氏の邸宅があったりした所で、麓には犬養孝博士の揮毫による万葉歌碑もあり、今も明日香のシンボルといえる地です。

標高148m、東西数百m、南北1kmの小さな丘陵ですが、頂上からは大和三山や藤原京などを望むことができます。東方向には談山神社へ続く山々を背景に、家々の白壁が夕陽に映えて輝いていますが、この景観を維持するだけでも、実際に住んでいる方々にしてみれば、大変な費用と手間が掛かっていることと思います。
とくに素晴らしいのが西方向で、黒々と横たわる畝傍山の背後に金剛・葛城の山並が連なり、その向こうに赤々と夕陽が落ちてゆく様子は、なかなか贅沢な眺めです。


管理人謹吟

奈良公園もこの時期、紅葉や黄葉の見頃を迎えます。

大仏殿の裏手にある「大仏池」を彩るイチョウ(黄色)とナンキンハゼ(赤色)です。

正倉院の周辺もそうしたスポットの一つで、とくにこのあたりはイチョウの木が多く、モミジより一足先に見頃を迎えます。


管理人謹吟

大仏殿の裏から二月堂に至る小径は「二月堂裏参道」と呼ばれていて、管理人お気に入りのスポットです。土塀や石段の緩い勾配が何ともいえない風情を醸し出していて、この坂道を素材にした作品は枚挙にいとまがなく、司馬遼太郎先生の「街道をゆく」にも次の一文があります。

「二月堂へは、西のほうからやってきて、大湯屋や食堂のずっしりした建物のそばを通り、若狭井のそばを経、二月堂を左に見つつ、三月堂と四月堂のあいだをぬけて観音院の前につきあたり、やがて谷をおりてゆくという道がすばらしい。」 (第24巻「奈良散歩」)

二月堂の隣にある手向山八幡宮です。東大寺建立時の守護神として宇佐八幡宮を勧請したもので、鎌倉時代にここに移されました。百人一首にある「このたびは 幣(ぬさ)も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに (菅原道真)」が詠まれたのがここで、古くから紅葉の名所だったようです。
境内の大銀杏が見頃を迎えていました。もう数日すると落葉が始まり、社殿の甍は黄葉で埋まります。

社前には大きな「イロハモミジ」があって、毎年、周辺のモミジより一足早く紅葉します。

手向山八幡宮の門前から大仏殿へ向けて坂を下ってゆくこの辺りも味わい深い一角です。
奈良には名物といえるような美味しいものが少なく、管理人の記憶では「茶がゆ」くらいしか思い浮かびませんが(笑)、今回は国立博物館の近くで長蛇の行列を見かけました。帰宅してからネットで調べたところ釜飯屋さんだそうです。
東大寺南大門の周辺、飛火野(とびひの)園地を東西に流れる吉城川という細流があります。
春日山原始林(世界文化遺産)を源とし、春日大社の辺りまでは水谷川と呼ばれ、県新公会堂の北を流れる辺りから平地にさしかかり、飛火野園地から東大寺南大門の前を下る頃には吉城川と名を変え、そのあと名勝「依水園」を潤してからは暗渠で市中を潜り、奈良女子大学の北で佐保川に合流し、最終的には大和川となって大阪湾へ注いでいます。
その吉城川の両岸にも見事なイロハモミジがあって、周辺より少し早く紅葉します。
とくにこの木は枝ぶりが秀逸で、この日もカメラを向ける人が絶えませんでした。

大和路の秋は、嵐山・洛北・東山のように構えて妍を競う華やかさがないため、どうしても京都の後塵を拝するような印象があります。しかし、どこか大陸的な佇まいを漂わせる社寺を紅葉が静かに彩る渋い名所が実はたくさんあって、京都とは別趣の飽きない魅力があります。
奈良公園の紅葉は意外に遅くて、例年、勤労感謝の日の前後が見頃になります。今年はもう終わってしまいましたが、来年は皆さまも「偉大なる田舎」、「悠々たる古都」、奈良の魅力をぜひ探訪されて下さい。


一年間ご覧いただき有り難うございました。
来年も引き続きお立ち寄りのうえご笑覧を願い上げます。

それでは、
Merry Christmas and Happy New Year ! 皆さまよいお年をお迎えください。